2011年11月27日日曜日

アジアの中の「グローバルネイティブ」

MITを卒業された方が書かれているブログ「My Life After MIT Sloan」に「『グローバルネイティブ』たちがやってくる」という記事が載っていました。小さい頃からグローバルな情報に身近に接してきた今の10-20代の「外向き」層は、昔よりもずっと若い時点で世界に向けて発信をしたり、世界で活躍をしている、という内容だったのですが、これに対しtwitter上で「アジアには日本の若手よりグローバル20代が溢れている」と指摘をされている方がいました。

私は大学生活の中で、模擬国連の全米大会京論壇、東南アジアを訪れるLearning Across Bordersのプログラム、そして現在のUBC留学など、いくつかの場面でアジアの「グローバルネイティブ」と接する機会があったのですが、「グローバル」という言葉では表しきれない、国ごとの「グローバルネイティブ」の特徴の違いを感じました。「日本の若者はグローバルに見て劣っている」という一面的な見方には限界があると思うので、他のアジアの国の若者と比較をしながら、日本の「グローバルネイティブ」の強み/弱みについて考えてみたいと思います。

1.    競争社会型グローバルネイティブ(シンガポール、韓国、香港など)
多くの方がご存知の通り、シンガポールや韓国の若者は小さい頃から厳しい競争にさらされます。シンガポールでは小学校の段階で成績によってクラスが振り分けられ、韓国では多くの子どもが英語しか使えない「英語村」に通っていると聞きます。

こうした環境の中で勝ち上がった学生は、語学力のみならずプレゼンテーションなど自分を表現する能力についても、極めて高いレベルを持っています。模擬国連の全米大会では、韓国の延世大学のチームが、参加している大学の8割以上は米国の大学であるにも関わらず、約1割の参加チームに与えられるOutstanding delegationを受賞していました。

これらの国のグローバルネイティブは、小さい頃から「海外で学ぶのが当然」という意識が植え付けられています。シンガポールでは、最上位層が米国のアイビーリーグなどの名門大学、次の層が国内の三大学、これに入れないとやむなくオーストラリアやニュージーランドなど、他の英語圏の大学に進むそうです。今年の夏に参加した北京大学のサマースクールで出会った香港人5名も、全員がLSEUCLなどイギリスの大学に通っていました。

グローバル化に伴う国家の人材育成政策と、留学や語学力習得のための教育環境の整備によって、これらの国の多くの若者が学部生の段階から海外へと移り、欧米の学生と関わりながら世界の動向やルールを学んでいるのです。

2.    途上国型グローバルネイティブ(中国、ミャンマー、タイなど)
一方、中国や東南アジアの途上国のごく一部のエリートには、競争社会型グローバルネイティブにはない、「自分の国に対する強い問題意識」があるように思います。ミャンマーで出会った17才の友人は、「恵まれた才能と環境を持った自分がこの国を変えるしかない」と熱く語っていました。

こうした問題意識を持つ彼らは、自国に対する豊富な知識と自分自身の意見を持っています。京論壇に参加した北京大生の多くが、中国国内に存在する問題について事細かに語り、それに対する自分の考えを東大生に述べていました。ミャンマー人の別の友人も、アウンサンスーチー氏が09年に再び軟禁された事件について、単に他の人の意見を述べるのでなく、自分で考え抜いた独自の見解を主張していました。

そして私は、彼らが情報のグローバル化の恩恵を最も受けているのではないかと考えています。中国では政府の統制がかかっている国内メディアは信頼できないため、これらのグローバルネイティブは、The New York TimesBBCなど複数の海外メディアから情報を得ながら、今中国や世界で何が起きているかを把握しようとしています。またミャンマーのヤンゴン市内には、iTunes Uに収録された世界中の大学の授業を視聴できるライブラリがあり、インターナショナルスクールの学生などが足繁く通って活用をしているそうです。

(補足をすると、中国については一言に若者といっても様々なので、1.のような若者も多くいると思います。ですが、UBCの中にいると、韓国やシンガポール、香港などの学生と比べ、中国からの留学生はどうも欧米のカルチャーになじめていないような印象を受けます。)

3.    日本型グローバルネイティブ
これらを踏まえ、日本のグローバルネイティブについて見てみると、たしかに競争社会型グローバルネイティブに比べると英語力やプレゼン、議論力などは劣るかもしれませんし、途上国型グローバルネイティブほど自分の国に対して強い問題意識や知識を持っている訳ではないと思います。しかし、日本型グローバルネイティブの強みを一言でいうならば、それは「社会に対する多様な問題意識」なのではないでしょうか。

冒頭のブログ記事に、「ワールド・エコノミック・フォーラムの今年の日本人若手リーダー30人のプロファイル」というものが載っていました。これを見ると、30人の方々がそれぞれ様々な問題に取り組んでいることが分かります。私の周りでも、多くの学生が、それぞれの問題意識で海外に飛び出したり、学生団体を立ち上げたりしています。

特に日本の「外向き」志向の若者は、途上国開発をはじめとする世界中の問題に目を向けています。これは途上国型グローバルネイティブにはあまり見られないでしょう。北京大の学生からも「途上国の開発に携わりたい」といった目標は一度も聞いたことがありません。

また日本の学生は、授業の制約が大きくないため、学生の内から自由に活動の視野を広げているように思います。色々な人と話をしながら問題意識を醸成し、それを実行に移しているため、それぞれの思いが活動に込められています。一方、私の出会った競争社会型グローバルネイティブの中にも課外活動をしている学生はいたのですが、レジュメには良く書けそうだけど根底にある問題意識が伝わってこない、そんな底の浅さを感じた記憶があります。

さらに東京に関して言えば、大学や年齢を超えて人びとが意見を交わし合う、極めて特異な環境が存在しているように思います。どれだけ情報がグローバル化しても、何か行動を移す際には直接話を聞く、ということが大変重要になります。東京では、一足先に世界へ飛び出した20代後半から30代の前半の方々が学生に経験を伝える機会が多くあり、また学生同士の間でも大学を超えてSNSなどを活用しながら日々意見が交わされています。競争の激しい大学にいる学生たちは学内のクローズドな環境の中だけで交友関係が留まることが多く、途上国では東京のような活発な情報の交流は若者の間ではあまり起こっていないように思います。

以上、アジアのグローバルネイティブを比較しながら、日本の「外向き」志向の強みや弱みについて考えてみました。一般的に「グローバル人材」の資質として言われるのは、競争社会型グローバルネイティブの持つ語学力や自己発信力であると思うのですが、これについてはその後の努力で追いつくことが十分に可能でしょう。途上国型グローバルネイティブの持つようなハングリー精神を身につけるのが難しかったとしても、彼らから学びつつ、日本の恵まれた仲間と環境を生かせば、私たち日本の若者もグローバル化の波に乗ることができるのではないでしょうか。


 おまけ:バンクーバーにもついに雪が降りました!

2011年11月8日火曜日

TEDxに行ってきました

皆さんは"TED"というカンファレンスをご存知でしょうか。

TED"Ideas worth spreading"というスローガンの下、ビジネスや国際問題、アートや医療など様々な分野のエキスパートが講演を行うカンファレンスです。


http://www.peterseljan.com/より

元々は非常に閉鎖的なサロン的集まりだったものの、TED Talksというウェブサイトによる講演の配信スタートをきっかけに世界中にその名を知られるようになり、今や”TEDx”という名の下、本来のTEDとは別に、世界各地でカンファレンスが開かれています。

Facebookの共同創業者Eduardo Saverinも、先日Facebook上で以下の発言をしていました。

“What is your favorite source of learning outside of school? 
I really love watching TED videos, which varies from topics 
such as pandemics to the birth of the internet…“

様々なトピックに関する動画が約1000本もあり、一つあたり約20分と短いので、私もよく朝食を食べながらTED Talksを見ています。

そんなTEDxが、このUBCでも開催されると聞き、先日足を運んでみました。

Terry Projectという、世界中の様々な問題に対し学ぶ機会を与えることを目的とした学内の団体が主催するイベントで、今年で4回目になるそうです。


Ted x Terry Talksのプロモーションビデオ 

プログラムはUBCの学生9名によるプレゼンと、3本のTED Talksの動画が紹介された他、何度か休憩時間があり、他の来場者と意見交換をすることができました(元々のTEDも、来場者内でのネットワーキングが主な目的だったようです)。会場には300-400人の観客が来ており、6時間にもわたるカンファレンスだったにも関わらず、ほとんどが最初から最後までプレゼンテーションに耳を傾けていました。


最初のスピーカー、UBCの学生新聞であるUbysseyJustin McElroyによる、MediaAudienceの関係の変化に関するプレゼンテーション

各分野の第一人者ではなく、学生のプレゼンということだったので、最初は本当に面白いのか少し疑っていたのですが、実際にはどれも個人のストーリーや信念を力強く語っていて、とても刺激的でした。

そして何より、スピーカー全員が見事なデリバリーをしていました。堂々とした姿勢、観客を引き込むユーモア、全体のストーリー構成など、選ばれたスピーカーということもありますが、やはり日頃から自分の意見を表明することに慣れているUBCの学生だからこそできるプレゼンテーションだと感じました。


歴史学部のRichard Kemickによるプレゼン。いかに歴史学部がビジネススクールと比べてみずほらしい建物で教育を受けているかをユーモアたっぷりに語りながら、教育の質がその学問が「金儲け」につながるかに左右されている現状を、皮肉を込めて伝えていました。

私が今回のカンファレンスで一番感動したのは、Laura Bainという学生による、”Living with Bipolar Type II”というプレゼンでした。双極性障害という、躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患を抱えている彼女が、本を読むだけでは伝わらない双極性障害の実情を、それぞれの状態のときに書いた日記などを読みながら伝えました。躁状態とうつ状態は二週間の周期で繰り返されるらしいのですが、丁度このときはうつ状態だったらしく、つらそうな姿で必死に訴えかけるプレゼンに、会場中がスタンディングオーベーションで応えていました。

このTED x Terry Talksには、ロシア生まれイスラエル育ちの友人と一緒に見に行ったのですが、彼や他の友人と一緒に、最近TED Talksを見ながらディスカッションをする試みを始めました。

日本で私の友人たちが立ち上げた、TED Talksを見ながら英語でディスカッションするTEDeeというプロジェクトがあり、「バックグラウンドの違う留学生たちの中で同じことをしたら面白いのでは」と思って友人に声をかけたのですが、予想通りとても有意義な議論をすることができました。

前回はTEDxTokyoでキャシー松井さんが行った”Womanomics”というプレゼンを見て、お互いの国の女性の雇用問題について議論しました。


参加者の中にメキシコからの留学生がいたのですが、「メキシコはもっと女性の雇用差別がひどい。縫製工場だと、働いている女性は、紙ナプキンを見せて自分が妊娠していないことを示さなきゃいけない。妊娠しているとすぐに辞めると思って工場主は雇いたくないから」と言っていました。なんとなくメキシコには女性の地位が高いイメージを持っていたのですが、全く間違っていました。一方で彼女は「女性がもっと働くようになるべきか」という問いに対しては「必ずしもそうではない。子どもが小さいころは一緒にいてあげた方がいい。仕事ばかりの人生は幸せじゃないし」と答え、北欧のように共働きのできる環境を必ずしも求めていないようでした。

皆で一緒にビデオを見ることで議論の共通の土台ができ、とても面白いディスカッションができるので、興味のあって日本に住まれている方はぜひTEDeeをチェックしてみてください。最近は東京のみならず全国各地で開催されているようです。


おまけ:秋晴れのキャンパス。今年は珍しく雨が少ないようです。

2011年10月23日日曜日

22歳になりました。

このブログはバンクーバーという都市や海外大学への留学に興味のある方に面白いと思っていただける記事を書くことを目標として始めたのですが、実際には直接の知り合いの方にも多く読んでいただいているので、今回は個人的なことについて書きたいと思います。

2011年10月19日に、私は22歳となる誕生日を迎えました。

誕生日当日は中間試験期間の真っ最中ということもあり、夜にルームメイトとキャンパス内のバーに飲みに行った以外は朝から晩まで勉強をしていて、受験勉強をしていた高校三年生の頃とほとんど変わらない一日でした。

私は一般的に見れば、勉強をすることが好きな人間だと思います。高校生の頃の受験勉強も、センター試験の対策を除けばとても楽しんでいた記憶があります。知識が増えるにつれて世の中の様々な出来事が繋がったときの喜び、自分の頭で考え続けて問題を解決したときの興奮。この感覚は大学に入っても変わることはなく、特にUBCで勉強に集中して時間を注ぐようになってからは特に強く感じています。

同時に私は昔から、ちょっと無茶なくらい色々なことに挑戦をして、新たな出会い、発見、そして成果を出すことに喜びを感じていました。中学三年生のときは、地元の少年団でスキージャンプとクロスカントリーをしながら、学校ではハンドボール部、生徒会に所属し、合唱コンクールの指揮者などもしていました。大学に入ってからも、大学の授業の他に学生団体やNPOの手伝いなど、常に三つくらいの活動を並行させていました。新たな世界が広がる可能性を提示されたとき、それが自分の信念に合ったものならほとんどを選択し、振り返ってみてもその決断の9割は正しかったと信じています。それぞれの活動から多くのことを学ぶことができましたし、何よりもその中に楽しみを見いだしていました。ほとんどの活動を途中で辞めずに続けたのは、その証拠だと思います。

こうした生き方が理想的かと言われれば、決してそうではないでしょう。勉強よりも自分の趣味を楽しんだり、友達や彼氏彼女との時間を大切にしている人の生き方は私にはとても素敵に映ります。色々なことに手を出したというのも飽きっぽい性格の裏返しで、一つのことに集中してその道を突き進んでいる人にはどんどんと差を広げられているように感じます。家族や親友をもっと大切にできる人間にならなくてはいけないといつも反省をしていますし、社会の役に立つためにも自分の専門性を早く見極め、磨かなくてはいけないと強く思っています。

それでも、学ぶことや考えることから生まれる喜び、未知の世界への好奇心、挑戦することで得られる達成感は、これからも私の生きる原動力であり続けるのだと思います。これらは幼稚園の頃にジグソーパズルに熱中していたときから、幼なじみの家にあった外国の絵はがきに憧れていたころから、運動音痴であるにも関わらずスキージャンプを始めた小学五年生のときから変わっていません。この意味では、3歳のときも22歳の今もそしてきっと60歳になっても自分は自分のままなのだと思います。

一方で大きく変わったこともあります。

誕生日当日はFacebookやメールで多くの方からお祝いの言葉をいただき、大変嬉しく思うとともに、これまでの22年間、特に大学に入ってからの4年間で、世界中の様々な人たちと出会ってきたことを実感しました。

これらの出会いは、これから自分が進んでいく方向性に大きな影響を与えました。

高校三年生の頃に出願する学部を迷っていたとき、「経済学とはカネを扱う学問である」という趣旨の経済学部の紹介文を読んで「自分はお金には興味はない!」と思い、他の学部を選んだ記憶があります。それが今やUBCで経済学を学んでいるのは、大学二年生の頃に訪れたタイで、リーマンショックの影響で工場が閉鎖され昼夜逆転で働いている若者と出会い、いかに経済が人びとの生活を規定しているかを実感したことが大きな要因でした。

元々外交官を目指していたのに外資系のコンサルティング会社に進むことを決めたのも、ミャンマーに二週間滞在するLearning Across Bordersのプログラムで二人の外資系コンサルタントの方と出会い、ビジネスに携わる人たちの多くが真剣に社会を変えようとしていることを知ったのがきっかけでした。

大学入学時に第二外国語を選ぶ際、中国人とだけ話せても仕方がないと思いフランス語を選択しました。しかし今は、大学二年生のときに参加し、その後運営に携わった京論壇を通じて、エネルギーに溢れる中国の魅力、そして日中の間に存在する様々な問題の根深さを知り、中国人と話をすることが日本人にとってどれだけ大切かを実感しました。

この22年間は同時に、「この人たちには追いつけない」と思うような才能溢れる方々との出会いの連続でもありました。同い年でありながら抜群の運動神経と勝負強さでオリンピックに出場した友人、常に笑いを誘い、周りを明るくしてくれる高校のクラスメイト、心の底から湧き出る愛情と責任感で国際協力に従事する模擬国連の先輩たち、膨大な知識と深い思考を持つ研究者志望の東大生、次から次へと本質を突いたアイディアが飛び出てくるクリエイティブな社会人の方たち。刺激を受ける一方で、自分はこの人たちと同じ分野ではとても戦えないと痛感しました。このような出会いは逆に、自分は何であれば自分の力を生かせるのか、この人たちと協力して面白い取り組みをするには何が必要なのかを考える機会を与えてくれました。

来年春には大学を卒業し社会人になりますが、これからも心を大きく揺り動かされるような出会いがたくさんあるのだと思います。もしかしたら今ここに書いていることを全て覆されるかもしれません。4年前の今日、札幌の実家で勉強をしていた高校生の自分が、4年後にはるか遠くバンクーバーにいるとはとても考えていなかったのと同じように、26歳の自分も今は全く予想の出来ない自分であることを願っています。

まだまだ未熟な身ではありますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

2011年10月16日日曜日

海外大学の授業は本当に素晴らしいのか? -UBC授業の長所短所-

日本の大学の友達と話しているとよく「日本の大学の授業は、教授が一方的に話すだけでつまらない。学生が勉強に熱心でない責任の一端は大学側にある」といった趣旨の不満を聞くことがあります。一方で海外大学の授業(特にアメリカ)については、マイケル・サンデルのハーバード白熱教室が昨年大ブームになったのに象徴されるように「インタラクティブで面白い」「教授がしっかりと準備をし、とても作り込まれている」というイメージがあるように思います。

UBCで授業を受け始めて一ヶ月半が経ちましたが、今回はこのようなイメージが正しいのか、UBCの授業のいいところ・悪いところを紹介しながら検討してみたいと思います。今回は授業内容については詳しく触れませんが、参考までに以下の五つが現在私が受けている授業(聴講含む)です。

Intermediate Microeconomic Analysis(中級ミクロ経済分析)
Intermediate Macroeconomic Analysis(中級マクロ経済分析)
East Asian Military systems and warfare China(東アジアの軍事システムと中国の戦争)
International Relations Theory and the International System(国際関係理論と国際システム)
Elementary Statistics for Applications(応用のための初等統計)

いいところ①:学習サポートが手厚い
まず第一に挙げられるのは、大学側が「どうすれば高い学習効果の授業が実現できるか」をよく考えているため、学習サポートが大変手厚いことです。経済学や統計の授業では課題や小テストが頻繁に出されるため、学生は定期的にそれまでの学習内容を復習し、かつ自分の頭で考える機会を得ます。課題や小テストは全て採点され、VISTAと呼ばれる授業管理用のウェブサイトで平均点、最高点/最低点なども発表されます。このサイトにはディスカッションのページが設けられており、課題提出前には、問題の解釈などについて学生の間で頻繁に議論が交わされています。


ウェブ上で試験の点数などが確認できる

他にもVISTAでは授業用のスライド、リーディングアサインメントなどがダウンロードをすることが出来、著作権の問題でウェブ上で共有できない論文は、まとめて印刷されてブックストアで販売されています。日本の大学では、資料室に行っていちいち自分で印刷しなくてはいけなかったので、大変便利です。


ブックストアで販売されているカスタマイズされた論文集

またいくつかの授業では、i-Clickerというシステムを使って、授業中に選択問題が出題され、学生がクリッカーにあるボタンを押して回答する、というものがあります。学生のクリッカーは全て登録されており、この正答率が成績に反映されるので、学生は真剣です。

授業中に出されるi-Clikerでの選択問題

以上のように、大学による学習サポートは大変工夫されており、これが授業の満足度の向上につながっていることは間違いありません。日本の大学のように、教授が延々としゃべりつづけるだけの授業がひたすら続いて、成績は期末試験の一発勝負、という授業はUBCではまずあり得ません。

いいところ②:教授のプレゼンが上手い
続いて挙げられるのが、授業を教える先生のプレゼンの上手さです。全員に当てはまるわけではありませんが、多くの先生が堂々とボディーランゲージを交えながら授業を展開するため、学生もより集中して授業に耳を傾けます。

私の受けている「東アジアの軍事システムと中国の戦争」という授業では、カナダ人の先生が3時間連続で弾丸トークを展開します。内容は諸子百家や孫子の兵法など、きわめて堅い話なのですが、実際のエピソードをユーモアを交えながら紹介しつつ重要な概念を説明するので、聞いていて全く飽きません。

こういったプレゼンの上手さについての日本とアメリカなど欧米諸国の違いは多く議論されていますが、参考までに先日twitterで話題になっていたアメリカの小学校でのプレゼン指導についてのブログ記事を紹介します。

http://kateikyoiku.blogspot.com/2011/09/blog-post_20.html

いいところ③:「勉強するのが当たり前」という雰囲気
最後に挙げられるのは、これは授業というより大学全体の雰囲気の話になるのですが、学生の勉強に対する意識が大きく異なることです。

先ほど述べた通り、出される課題の量がきわめて多いので、学生は時間を見つけては常に勉強しています。土日の夜11時すぎでも、大学の図書館は人であふれ、多くの学生が課題や試験勉強に励んでいます。このような環境にいると、周りに刺激されて自然と勉強をしよう、という気持ちになります。こうした相乗効果が、学生全体がより多くのことを学習するのに貢献していると思います。

少し話がそれますが、このような学生の勉強に対する姿勢の背景には、退学率の高さも関係しています。UBCでは、学部によっては半分近くの学生が単位を取得できず、退学になっているという話を聞きました。ブリティッシュコロンビア州のコミュニティカレッジ*1では、UBCを退学した学生のための、「もう一度UBCに入り直そう!」という目的のコースまであるそうです。

さて、以上のようにUBCの授業の長所を挙げてきましたが、必ずしも「UBCの授業万歳!」という訳ではありません。授業を受ける中で、いくつか問題点も見えてきました。

悪いところ①:必ずしも授業の質が高いわけではない
UBCの授業を受けていて残念に感じたことの一つが、学習のサポートは素晴らしくても、授業そのものも素晴らしいとは限らない、ということです。私の在学している東大と比べて、UBCの指導教員はきわめて若く、かつ様々な国籍の人が集まっています。私の受けている5つの授業の内3人は(外見上でしか判断できませんが)明らかに30代で、また国籍もカナダ人は一人だけで、イギリス、ブラジル、中国、イスラエルとバラバラです。

その若さゆえに、教えている内容についての教員自身の理解度について、聞いていて不安になることがしばしばあります。ミクロ経済の授業で基本的な需要曲線のx軸y軸の単位が怪しかったり、計算ミスを繰り返したり、学生の質問に対しても正確に回答をできていない、ということが日常的に起こるのは、その学術分野の第一線で活躍している教授の多い東大ではあまり考えられないことでした。

また国籍が多様なため、英語のネイティブでない教員も多くいます。このため、中には授業の内容を限定された語彙力でしか説明をすることができておらず、なにか底の浅い印象を受けてしまう授業もあります(同じくネイティブスピーカーでない私が偉そうに言えることではありませんが…)。

UBCの教員採用ポリシーについてはよく知りませんが、「教員一人に対する学生の割合が小さい」という一般的に言われるアメリカやカナダの大学の特徴は、必ずしも教員の質を維持した上で実現されている訳ではないのかもしれません。

悪いところ②:学生の質問が授業の進行を妨げる
欧米の大学の授業と聞くと、学生が積極的に発言し、教員との活発なインタラクションがある、というイメージがあるかもしれません。

これはUBCでもたしかに事実です。学生が手を挙げて質問をすることは当たり前ですし、教員も学生に問いを投げかけることがよくあります。

このスタイルは、上手く行けば学生もより授業にコミットするし、教員の説明しきれていない部分についても補われるので授業が大変充実するのですが、必ずしもそうはいきません。

一番多いのは、講義の内容とほとんど関係のない内容を、思いつくがままにベラベラとしゃべり出す学生です。こういう学生に限って教員の回答に再度反論したり、毎回の授業の度に発言をするので、その度に講義がストップしてしまいます。

先日あった国際関係論の授業では、教員がそういった学生を指す前に「質問やコメントは受け付けるけど、 ここは君のマニフェストを聞く場所ではないよ」と言うほどでした。

悪いところ③:キャンパス中のWiFiが逆効果
これは授業というより学生の姿勢の問題ですが、UBCの学生は、とにかく授業中にFacebookを見ている割合が本当に大きいです。笑 

UBCはキャンパス全体にWiFiが張り巡らされているので、ラップトップかスマートフォンがあればいつでもインターネットにアクセスできるのですが、このためノートをラップトップでとる多くの学生が、授業中にネットサーフィンをしています。

ノートをとりつつたまにFacebookをチェック、くらいならまだいいのですが、オンラインゲームをしていたり、男子学生があやしいサイトを見ていたりするのを見ると、これはむしろWiFiを使えなくした方がいいのでは…と思ってしまいます。

以上見てきた通り、海外大学の授業と言っても一長一短であり、日本の大学に比べて何から何まで素晴らしい訳ではありません。留学を考える際も、留学先の大学の環境について冷静に分析した上で、判断することが必要なのでしょう。


おまけ:キャンパスの上空を横切る渡り鳥の群れ(少し見にくいですが…)

*1 四年制の大学までは目指さない学生や、四年制大学に入りたいがまだ成績の足りていない学生などが集まる二年制の大学のこと

2011年10月5日水曜日

多文化社会バンクーバー -台湾フェスティバル編-

バンクーバーのダウンタウンを歩いていると、ある化粧品の広告を見つけました。


異なる人種の女性三人が一枚の写真に映っている、なるほどバンクーバーらしいなぁと広告を見ながら感じました。

ご存知の方も多いと思いますが、バンクーバーは移民の街です。19世紀よりゴールドラッシュや漁業の拡大、鉄道建設により世界中から移民が集まり、20世紀後半になってからも、自然と都市文化が両立された環境に惹きつけられ、人の流れが絶えることはありませんでした。1997年の香港返還の際には、共産主義化を恐れた多くの香港人がバンクーバーへやってきました。

このため、海外で生まれた居住者の割合は39.6%で、北米で二番目となっています(ちなみにニューヨークは27.9%)。市民の民族構成も、きわめて多様です。


Statistics Canadaより(複数回答可)

実際に街を歩いていても、すれ違う人たちの顔立ち、肌の色、ファッション、聞こえてくる言語など、本当に様々です。レストランも、日本食はもちろん、マレーシア、メキシコ、ギリシャからアフガニスタンまで、世界中から移民がやってきて、それぞれの国の料理を提供しています。バンクーバーにやってきた当初は、世界中から一斉に人がやってきて集団生活を始めたような街の雰囲気に、日本との大きな違いを感じました。

そんなバンクーバーで、先月TaiwanFestというイベントが開催されました。中国との複雑な歴史を持つ台湾について、正しい理解やその魅力を伝えようと企画されたようです。


 台湾料理のスタンドに行列を作る人たち(HPより)


台湾名物の一つ、牛肉麺(HPより)


台湾の伝統文化の紹介も(HPより)

ここまではよくある異文化紹介イベントなのですが、大変興味深かったのは、メイン会場で行われた、台湾の人気歌手Della(丁噹)のコンサートでした。


Vancouver Art Gallery横に作られた特設ステージ


台湾ではヒットチャート1位を獲得しているらしい


当日の地方紙では"east meets west"という題で一面に取り上げられていました

私も興味本位でライブを見に行ったのですが、会場は既に大勢の人で溢れていました。


Dellaのステージに集まったたくさんの人々(HPより)

最初は「この歌手、カナダでも人気あるのだろうか」や「それとも自分みたいにミーハーで見に来ているのかな」などと思っていたのですが、ライブが始まってから徐々に異変に気づきます。

どうやらこの狭い会場に集まっている千人を超えるだろう観客の多くが中国系の人びと(そしてそのほとんどが台湾系中国人)のようなのです。

会場には白人はほとんどおらず、集まっている人はほぼ外見上アジア系でした。さらにライブ中のMCは全て中国語で行われていたのですが、観客のほとんどはMCの内容を理解しており、時折交わされるジョークに笑っていました。ライブの最後に彼女の代表曲らしい"我愛他"という曲が演奏されたのですが、会場中が大合唱をしていました。


全て中国語で行われるMCと演奏


観客が共に歌ったDellaの代表曲"我愛他"(HPより)

「そりゃあ彼女の曲に興味があるからわざわざ集まっているのだろう」と言われれば確かにそうなのですが、はるか離れたバンクーバーで、台湾にルーツを持つ人たちが千人近くも集まり、一つの曲を共に歌っているという事実が、私にとってはとても新鮮でした。だって東京でイタリアの有名な歌手がイタリア語でイベントを開いても、さすがにここまでイタリア人は集まらないですよね?台湾のように決して大きくない島から多くの人々が移り住み、そのカルチャーを今なお共有していることが興味深く感じられた一日でした。


おまけ:キャンパスへの帰り道、橋から撮影したバンクーバーの夜景(だいぶボケていますが…)

2011年9月26日月曜日

バンクーバー市民とスポーツ

私の留学しているUBCの特徴の一つは、何といってもキャンパスの広さ。


UBCのバンクーバーキャンパス(Wikipediaより)

バンクーバーキャンパスの面積は402ヘクタールで、慶応大学の三田キャンパスのおよそ30倍の面積です。

私は現在キャンパス内の寮(といってもシェアハウスのような形で四人暮らし)に住んでいるのですが、授業のある建物まで徒歩15分以上かかるため、寝坊しても遅刻しないよう(笑)自転車を購入しました。


キャンパスとダウンタウンの間くらいにあるスポーツショップにて購入。99ドル。

店からキャンパスまでは10km弱だったのですが、せっかくなので海沿いの道を選んでサイクリングをしてきました。



海を眺めながら自転車を漕いでいると、次々とこんな光景が。


カヤックを楽しむ40-50代の夫婦


ビーチバレーを楽しむ若者


こちらはサッカーのようなラグビーのような謎のスポーツ(笑)


ヨットクラブにあるたくさんのヨット


サイクリングやランニングを楽しむ人たち


Leash Free Zoneでは多くの人が飼い犬と戯れていました

だいたいこの写真を撮ったのが平日の18時ごろだったのですが、「みんな仕事はこんなに早く終わるのだろうか…?」と思うくらい、海岸沿いの公園はスポーツを楽しむ人であふれていました。

実際にカナダ人の友人に聞いてみても「ここの人は本当によく運動をするよー」と言っていました。街はサイクリングをする人が多く、キャンパス内でもランナーをあちこちで見かけます。

大きな理由の一つは、バンクーバーの恵まれた自然環境にあるようです。バンクーバーは、大都市でありながら海と山の両方に囲まれています。海岸では先ほどの写真のようなスポーツを楽しめると同時に、山では春-秋はハイキング、そして冬は何といってもスキーができます。


Lynn Canyonの小道(Lynn Canyon Ecology Centreより)


バンクーバーオリンピックの会場となったウィスラー(ウィスラーブラッコム公式ホームページより)

同時に挙げられるのは、人々の健康に対する意識です。バンクーバーは、カナダの中でも市民がより健康に気を遣う都市であることが統計より明らかになっています。


(Canadian Community Health Surveyより)

平均寿命も81.1歳と、カナダ全国平均(79.4歳)より2歳近く高く、高い健康意識が反映された結果になっています(ちなみに日本の平均寿命は2009年で82.9歳)。

こちらの食べ物を食べていると、やはり油や塩分の多いものが多く、「こんなん食べ続けたら絶対太る…」と思ってしまうのですが、それでも平均寿命が日本と1.8歳しか変わらないというのは驚きです(同じく高カロリーの食事で知られるアメリカ人の平均寿命は78歳)。


カナダの数少ないオリジナルの料理プーティン。フライドポテトにグレイビーソースとチェダーチーズの粒をかけるという、とんでもなく高カロリーな食べ物(La Poutine 2011より)

もちろん健康に気を遣ってヘルシーな食べ物を好む人も多くいますが、「自分が好きなものも食べるけど、その分スポーツしてるからOK。人生楽しんだもの勝ち!」というバンクーバー市民の意識が感じ取れた週末でした。

2011年9月14日水曜日

はじめに -世界一住みやすい都市・バンクーバー-

私は現在、カナダのバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学(通称UBC)に交換留学生として滞在しています。


バンクーバーはアメリカとの国境に近いカナダ南西部に位置し、トロント、モントリオールに次ぐ国内第三位の都市圏を形成し、約210万人が生活をしています。最も記憶に新しいのは、やはり昨年開かれた冬季オリンピックでしょう。




(http://www.kiwicollection.com/より)

しかしバンクーバーは、その「住みやすさ(Livability)」においても有名な都市です。英誌エコノミストの調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の行っている調査において、バンクーバーは06年から10年にかけて5年連続で「世界一住みやすい都市」の地位を獲得しています(ちなみに日本の都市は、大阪が12位、東京が18位)。

最新の調査では一位から三位に転落してしまったものの、今なお"Most Livable City"として高い評価を受けているバンクーバー。東京と比べればよっぽど小さな都市ですし、サービスや製品の質も日本の方が優れています(の割には物価はとっても高い)。それにも関わらず「住みやすい」と評されるのはなぜなのか。留学生活を通じて気づいたバンクーバーの姿を綴りながら、日本の都市やその市民は何を学べるのかを探っていくのが、このブログの主な関心です。

同時に私の留学しているUBCについても、少しずつ紹介をすることができれば、と思っています。



キャンパス内にあるFlag Pole Plaza

UBCはカナダ国内で最も大きな大学の一つで、およそ5万人の学生が学んでいます。UBCの魅力の一つはその国際性にあり、なんと140カ国以上の国から留学生が毎年やってきます。これほど多くの留学生を受け入れている分、日本の大学との違いも多く存在します。一人の留学生として感じたUBCの魅力(ちょっぴり不満) について随時記事をアップしていきたいと思います。

では次回からは早速本編です!